福岡高等裁判所 昭和30年(う)416号 判決
なるほど、原判決が被告人両名は富永美智子を誘拐し、特殊飲食店の従業婦として住み込ませ、その前借金を取得しようと共謀の上、第一、昭和二十九年一月十日小野の甘言により家出した富永美智子を被告人両名が連れて佐賀県三間坂駅より上り列車に乗車させ、更に同列車内で「若松で働くには三万円位金が要る、その金がないから先づ博多で働いてくれ」等と虚偽の事実を告げて欺罔し、福岡市内博多駅にて下車させ、同日同市上花園町千五百八十八番地特殊飲食店「江戸一」こと江藤公雄方に同行した上、富永を同店の従業婦として住み込ませ、以て同女を営利の目的で誘拐し、第二、前記「江戸一」がその従業婦に売春行為をさせる特殊飲食店であることを知りながら、同月十日同店において前記江藤公雄に対し富永を同店の従業婦として雇い入れ方を斡旋し、以て公衆衛生及び公衆道徳上有害な売春の業務に就かせる目的で同女の職業を紹介したものである、と判示し、右第一、第二、の各事実を併合罪として処断していることは所論のとおりである。そして、右判示によると原判決は富永美智子に対する実力支配の終了するまぎわのあつ旋行為をとらえて職業安定法違反と認めたこと所論のとおりであるが、職業安定法第六十三条第二号の罪は公衆衛生又は公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で求人及び求職の申込を受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあつ旋することにより直ちに成立し、あつ旋者において求職者を求人者に引渡すことはその構成要件ではなく同罪成立後の事情に属するから、原判示第二に江藤公雄に対し富永を従業婦として雇入れ方をあつ旋したとある事実は、継続犯たる営利誘拐罪を構成する実力支配の終期を示す為に判示された判示第一の富永を従業婦として住込ませた事実とは全く別個の事実であつて、所論の如く後者を別の面からとらえて職業安定法違反の該当事実として判示したものと断ずることはできない。本件は刑法第五十四条第一項前段を適用すべき場合に該当するとなす所論は職業安定法第六十三条第二号の罪につき十分な認識をもたない結果、原判決の趣旨を正解しなかつたことに基く謬論である。次に営利誘拐は特殊飲食店に従業婦として雇い入れ方を斡旋する為の手段として通常利用される関係にあるものではなく、又後者は前者の結果として通常随伴する行為とも謂い難い。従つて、本件は特殊飲食店に住込ませ前借金をとる目的で誘拐し、特殊飲食店の従業婦にあつ旋した事案ではあるが、刑法第五十四条第一項後段を適用すべき場合に該当しない。原審が被告人の所為を判示第一、第二の如く認定し之を併合罪として処断したのはまことに相当であつて原判決には所論の如き法令適用の誤は存しない。論旨掲記の判例は本件に適切でない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 西岡稔 裁判官 後藤師郎 裁判官 中村荘十郎)